[PR]子育てママさんへ:3年毎に15万円うけとれる医療保険?







夏の風と花火と




 学校の下駄箱で靴を履き替えて外に出ると、夏の太陽が容赦なく照りつけてきた。

 油蝉の声がやけに五月蝿く感じられるのは、頭の中が真っ白だからだろうか。

 校門までのわずかな距離の間で、俺はもう一度「三浦 辰守(みうら たつもり)」と紛れも無く自分の名の書かれた通信簿を

開いた。今日から夏休みだというのに気分が重いのは、ほぼ間違いなくこれのせいだろう。

 体操・理科以外全て乙がついている。何度見ても変わりはない。

(・・・・・また親父に叱られる・・)

 友達の中には全甲という奴もいるというのに、全く、人間は不平等にできているものだ。

 丁度読み終わったばかりの『学問のす〆め』を批難しつつ、重苦しい鞄を掛ける肩の位置を直した。周りの奴らが海に行く話

やら、今日の花火大会の話やらを呑気にしているのが無性に腹が立ってきた。

 本当なら俺だって、楽しい夏休みに心躍らせているはずだったのに・・・・。

 と、ため息をついたところで気づいたのだが、なにやら校門のところが騒がしい。人が集まっているわけではなく、皆、校門を

出て振り返り、口笛やら奇声やらを上げていた。中には頬を染めている奴もいる。

 気になって少し早足で校門を通り抜け、振り返ってみると

「つ・・・司(つかさ)!?」

「しんちゃん! よかった、もう帰っちゃったのかと思った」

 校門にある学校名の書かれた石碑のところに、俺の幼馴染である佐々木 司が立っていた。手に持つ鞄と袴姿からして、どうやら

女学校から直接こちらに来たようだ。

「なんでお前がこんなところにっ・・! しかも一人か!?」

 周りを見渡しても、他に袴姿の女性は見当たらない。男子しかいない学校の門前に、明らかな女学生。これは目立つに決まっている。

「あのね、ちょっと話が・・・」

「そんなん家で待ってりゃいいだろ! なんだってこんなところまで」

 こんなところを級友に見られでもしたら、学校を卒業するまで、いや一生涯からかわれるだろう。一刻も早くこの場から立ち去ろう

と、俺は司の二の腕を掴んで歩き出した。

「ちょっ・・ねえ! 話を聞いてよ!! 聞〜い〜て〜ってば〜〜」

 初めこそ引きずられるように歩いていた司だったが、しばらくすると踵を地面の土にめり込ませて容易に前に進まないようにし

だし、引っ張るこちらとしても大変力が要るようになった。

 それでも、数メートルは無理に引っ張って地面に二本の筋を作ったが、とうとう力尽きて俺は司の手を離した。まだ校門からあ

まり離れられていない。ここはとにかく話とやらを聞いて、彼女に歩いてもらうしかない。

「・・・・話って?」

 白い顔を真っ赤に染めて抵抗していた司が、その言葉でぱっと顔を上げた。肩まで伸ばした黒い髪が、その動きで空中に踊る。

 話話と言う割りに、いざ話す段階になると少し尻込みしてしまうのが司の癖で、しばらくたっても話し出す気配が無かった。

 ここで切り上げて歩き出そうものなら、また一からやり直しだろう。

 俺には、友達が出てくる前にこの場から立ち去らなければならない義務がある。とにかくここは我慢して、司の出方を待つしか

ない。・・・ただし、先程までの騒ぎで周りが興味津々と言う感じでこちらを見ているので、あまり時間もかけられない。

「司さ〜ん。 ここで話をするのがお嫌なら喫茶店でも行きますが?」

 下手に出て、妥協案に見せかけてこの場からの脱出を試みる俺に、握りこぶしを作った司が早口で叫んだ。

「辰守さんっ、私と駆け落ちして!!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はいぃ?

 文字通り目が点になった俺の周りで、忍び笑いが聞こえてきた。見れば何気ない振りをして様子を伺っていた奴らが、こちらを

見て笑っている。あれだけ大声で叫んだのだから、内容は全て筒抜けだろう。

「・・・・・・・しんちゃん?」

 反応の無い俺に、司が小首を傾げて覗き込んできた。周りの事に鈍感すぎるにもほどがある!

「話はそれだけか!? それだけだよな!? じゃあ行くぞ!!」

「えっ・・・きゃっ」

 俺は甲を貰った体操の瞬発力を生かして、司の手を掴んで脱兎のごとくその場から逃げ出したのだった。





 渋る司をなんとかなだめて家まで送り、無事に家までたどり着いたのは、すでに夕刻だった。話を聞くも要領を得ず、聞いた言葉

は「駆け落ち」だけ。通信簿を貰ったときの重苦しい心境に気苦労が加わり、なんとも憂鬱な気分だった。

 肩から下げた鞄を机の脇に置いて、息をついたのもつかの間、いきなり俺の部屋の障子が開けられて、俺の5つ上の姉・響子が

顔を出した。

「辰守、久しぶりね。 元気そうで何よりだわ」

 去年結婚し、隣町に引っ越したので会うのは正月以来の事だった。腕には年の暮れに産まれた赤ん坊が眠っている。

「姉貴か。 悪いけど今俺、人にかまってる気力ないから」

 なんでいきなり司があんなことを言い出したのか、その原因を突き止めようと机に突っ伏したまま考え込む俺を見て、姉貴は

ため息をついた。

「そうよねえ。その年で駆け落ちするんなら、色々と準備することもあるわよね」

 俺は雷に打たれたように顔を上げた。心臓は早鐘のように鳴っている。

「あ、あああ、姉貴っ! 何でそのこと知ってるんだよ。まさか・・・」

 校門前のあの一連の出来事が、すでにここまで伝わって来ているのだろうか。だとしたら、夏休み中ご近所の婦人達の噂の

餌食にされてしまうということだ。さようなら、平穏な夏休み。こんにちは、晒し者。

 俺の引きつった顔に同情を覚えたのか、姉貴は子供を抱えなおして口を開いた。

「安心しなさい、まだ噂は聞いてないわよ。 そんな近所の眼を気にするより、早く返事しちゃいなさいな」

「返事って・・・無茶言うなよ。駆け落ちなんて出来るわけねえだろ」

「そう・・残念。歌舞伎みたいな恋愛劇を見たかったのに・・・」

 姉貴は遠くを見て、芝居がかった様子で手を伸ばした。おそらく、歌舞伎の役者になりきっているのだろう。見てるこちらとし

ては、大根役者と叫びたいところだ。

 きっぱりと断ったものの、俺が司との幼馴染という立場から一歩進みたいと思っていることは確かだった。なまじ小さい頃から

ずっと一緒だったので中々そういう関係に進まず、どうしようか迷っているところだったのだ。

 が。それは決して駆け落ちという究極的な恋が出来る程ではない。そもそも、駆け落ちする理由が無いではないか。

「ま、駆け落ち云々は置いといても、あんた、今のうちに司ちゃんに会っときなさい。明日からもう会えないんだから」

「え?」

 思い詰めて服毒自殺でもするのかと、一瞬とんでもない発想をした俺に、姉貴は寂しそうに笑ってあることを口にした。

「な、んだよそれ・・・・聞いてねえぞ」

「あんたには知られたくなくて黙ってたみたいよ。だからほら、今日中に言いたいこと言っときなさい。でないと後悔するわよ」

 姉貴の言葉を全部聞く前に、俺は家から飛び出した。鞄がない分さっきよりも速く走れる。

 夕刻の生ぬるい風の中を走って、司の家の前で本人の姿を見てようやく俺は立ち止まった。頬を流れる汗を拭って、家の前で

所在なさそうに立っている司に近づく。

「・・・・・・・・・・引越し、するんだって?」

 家に帰ってまだ着替えをしていないらしく、司は袴姿でそこにいた。俺の言葉を聞いて、いたずらのばれた子供のように笑った。

「うん。九州のおじいさんの家に。 だから、学校も今日で最後だったの」

「なんで」

「ほら、うちのお父さんと兄さん、軍人でしょ? 今度おろしあとの戦争に従軍するの。まだ弟も小さいし、女子供だけじゃ不安

だからって」

「じゃなくて、なんで俺に言わなかったんだよ!」

 いなくなると知っていれば、もっと一緒に時間を過ごしていた。それこそ、駆け落ちの計画くらい立てる時間もあったはずだ。

「しんちゃんに言うと、引越す日が早く来ちゃうような気がして・・・・。 今日になってね、やっぱり引越すなんて嫌だなって思って

それでしんちゃんに逃亡の手助けをしてもらおうと思ったの」

 それで駆け落ち・・・考え方が多少、いやかなりずれている気がする。

 一瞬、司のペースに飲み込まれかけたものの、すぐに気を取り直して、俺は司の手を掴んでそのままずんずんとある方向に歩き出した。

 俺が何も言わない事と、遠ざかっていく家に不安を感じたのか、司が少し戸惑ったように話しかけてきた。

「ねえ、どこ行くの?」

「――――決まってるだろ、駆け落ちするんだよ」

 そう言った時の司の顔は面白かった。多分、俺も校門前で彼女にこう言われた時、同じ顔をしていたんだろうな。

 沈んでいく太陽とは反対に、群青色に染まっていく空には一番星が輝き出していた。





 途中まで来た所で、俺がどこに向かっているのか分かったのだろう。最後には、むしろ司の方が先行して、子供の頃何度と無く

遊んだ土手を駆け上がった。

 俺が土手の上に顔を出した瞬間、色鮮やかな大輪がすっかり暗くなった夜空に打ち上げられた。少し遅れて、腹に響くどぉんと

いう音が聞こえてくる。

 赤や緑や青、黄金の花が咲く度に、向こうの方から歓声が上がってここまで熱気を運んできた。

 また、花火が打ち上げられるひゅるるる、という音が聞こえ、花火が弾けてぱらぱらと鳴った。そして、太鼓を間近で聴いたような力

強い音も、次から次へと木霊している。

 夏休みの始まりに、河原で行われる毎年恒例の花火大会だ。打ち上げ場所の正面である広場は毎年息もつけないほどの人の

出があるが、ここでは他に人影は無い。人はいないがきちんと花火が見れるこの穴場は、ずっと昔に俺たちが見つけた二人だけ

の秘密の場所だ。

 次々に打ち上げられる花火を眺めていた司が、ひょいっと雑草の茂る土手に座った。

「天神や京都でも花火を見たけど、やっぱり私この花火が一番好き。 引越しの準備ですっかり忘れてた。 ・・・・・もう、見れないのかぁ」

「何言ってんだよ。 俺はずっとここにいるし、この町も変わらない。 だから、花火が見たくなったらいつでも帰って来いよ。

俺は、先もずっと、司と花火を見たいから」

 きょとんと俺を見上げる司の視線に耐え切れず、柄にも無いことを言ってしまった俺は顔を背けた。その間にも、途切れることなく

花火の音と人の声が聞こえてくる。

 ひゅるるる。どおん。ひゅーー、どん。ひゅるるるうる

 沈黙に耐え切れず、恐る恐る振り返った先には、花火よりも綺麗な司の笑顔があった。

「うん、気づかなかった。 そうか、戻ってくればいいんだよね」

 と、きらきらした眼でこぶしを握っている。

 ・・・・遠回しな告白だと気づいた可能性は、極めて低そうだ。

「あ、そうだ。 司に駆け落ちの話を持ち出したのってひょっとして姉貴?」

「うんそう。すごいねー、どうして分かったの?」

 そりゃあ、噂が来てないのにこの話を知っていたからに決まっている。あの騒動好きの姉貴は今までにも様々な悪行をしている

のだ。それを考えたら、今回のはまだ軽い方だろうか。

「引越しのこと手紙に書いて送ったらね、こうしてみたらって教えてくれたの」

「・・・・・で、なんで校門で?」

「へへ、内緒」

 肝心要のところで、司はお茶を濁した。その照れ笑いと口に人差し指を添えた動作が可愛らしく、俺は言葉に詰まってしまった。

今更何を言ったところであの出来事が白紙になるわけでもないので、俺も質問をするのを諦めた。もしかしたら、駆け落ちの話も

それほど広まらないかもしれないし。

 そんな事を考えるよりも今は、目の前に上がる花火を観賞するほうが先だろう。

 しかし、気になることがあった。

 そもそも、駆け落ちすると言った司の気持ちが、単に引越しからの逃亡の為だけだったか――――。だが、この場でそんな話を

持ち出すのもなんだと思い、手紙ででも聞こうと思った俺に、立ち上がった司が耳打ちしてきた。

「あのね、さっきの言葉ちょっと訂正するね」

 ―――私、しんちゃんと見るこの花火が一番好きなんだ―――――







 翌日、家族と駅まで司一家を見送りに行き、無事列車が出発したのを見送って、ずっと振っていた手を降ろした俺に姉貴が話し

かけてきた。

「寂しくなるね」

「ああ。・・・・・ところで、「駆け落ち」を吹き込んだのは姉貴だってな。司から聞いたぞ」

「手紙貰ったから忠告しただけよ。 そんな怖い顔しないで」

「五月蝿いっ!もとはといえば、あれで話がこじれたんだろうが」

 昨夜、花火を見終わって帰ってきた俺を待っていたのは、通信簿を見て怒る父親と、世間に顔向けできないと嘆く母親だった。

遂に、波紋がうちの近所まで及んできたらしく、さっそく「駆け落ち」について近所の主婦に色々言われたらしい。それどころか、

噂は一日で隣町にまで広まっており、鰭が付きすぎたそれを聞くのがとても怖い。

 五歩町を歩くたびに必ず誰かにからかわれるような状態だ。これが夏休み中続くかと思うと、憂鬱で勉強なぞやる気がしない

・・・・といえば、また親父に怒られるだろうな。

「賢い姉さんは考えたのよ。 どうやったら引っ越してしまう司ちゃんを手助けできるか」

「・・・・・・は?」

「ほら、こうして噂が囁かれてる間は、あんたも司ちゃんを忘れられないでしょ」

 つまり、駆け落ちをした(噂に尾鰭つき)との噂が広まることを思慮に入れた、女二人の計算ずくの作戦だったわけだ。

「てっめ・・・! 俺が今どれだけ悲惨な目に会ってるかわかってんのか・・!?」

「ごめーん、こんなに広まるとは思ってなかったの。 ま、人の噂も七十九日。頑張ってね」

 姉の顔をした悪魔が微笑んだ瞬間、俺は日射病に似た眩暈を感じた。



 司、この文句を手紙に書かなきゃ俺は気が済まないからな。





 真夏の太陽は暑く、列車のホームで待つ人たちの足元に陽炎を立ち昇らせていた。

 青い空から吹き付ける風は、一瞬の清涼剤としてその陽炎を消し飛ばす。

 また会う約束をした、夏の日。

 振り返った町はいつもと変わらない景色を作り、明治の風が頬を撫でて去って行った。







お友達の弥生ちゃんから貰った、900番のキリリク「幼馴染の男の子と女の子が花火大会に行く」で小説を書きました。
ありふれまくった話なのに、明治テイストを加えるとあら不思議。創造が膨らむ膨らむ。

ちなみに、「しんちゃん」は辰守の『辰(しん)』からきてます。え?どうでもいいって?(爆)

最後と紹介文に無理やり『明治』と入れたけど、話だけじゃ時代がさっぱり分からなかったかと。
一応、日露戦争が始まる一年前の1903年(明治36)です。
時代検証は中学・高校の国語便覧と小学校の社会の資料集より★ 便利で大好きです、資料集。

時間がある時にでも、「い」を「ゐ」、「う」を「ふ」に変えたり、昔の言葉っぽくして雰囲気をだしたいかな。


キリリク、ありがとうございました!


[PR]看護師の好条件な求人情報満載:「夜勤は嫌!」など希望の転職が実現♪